景福宮

朝鮮王朝500年都、漢陽の中心に位置した王宮

大福を祈るという意味の景福(景福)という二つの文字を取って建てた景福宮は、漢陽(ハンヤン)に都を定め、太祖3年(1394)に建てた朝鮮の正宮だ。 正門の光化門を入ると,興礼門の後ろに国家の大きな行事を行ったり,王が臣下の朝礼を受ける勤政殿があり,勤政殿を中心に王が一般の執務を見る思政殿をはじめ,全秋殿,修政殿,交泰殿,慈慶殿,慶会楼などが配置されている。

景福宮の中心の勤政殿(国宝第223号)は’天下のことは勤勉ばよく治まる。”という意味が込められている景福宮の正殿である。 定宗(チョンジョン)をはじめとする朝鮮前期の数人の王の即位式がここで執り行われた。 興礼門を経て勤政門を入ると、勤政殿に至る道の左右に臣下が地位を表示する品階石が次々に置かれている、景福宮の中心建物の勤政殿が2階建てで雄大に定着している。 勤政門の左右には廊下の建物である行閣が繋がり,勤政殿を囲んでいる。

慶会楼は王や臣下,外国の使者たちと宴を開く時に使われていた場所だ。 48本の石柱の上に宴会場を作ったが、これからは池を作り、人工島まで造成した。

景福宮の正門である光化門は,花崗岩で重たい基壇を作り,その上に門楼を載せて遠く眺望しやすいだけでなく,宮殿の正門としての威厳も示している。 基壇には、3つのアーチ型の出入り口があるが、中では王様が、左右では皇太子や臣下らが行き来した。

康寧殿と交泰殿は景福宮の他の建物と違って龍が宿っている建物で,屋根中心の床である棟が設けられておらず,遠くからでもその姿をすぐ見つけることができる。 康寧殿は王が日常生活をしていた場所であり,交泰殿は王妃が宮殿の生活を指揮した空間だ。 交泰殿の裏には王妃の庭園が峨嵋山がある

景福宮の後苑には高宗が乾清宮を建てる際,昔の後苑である徐顕政一帯を新たに造成した香遠池という池がある。 池の真ん中に人工島を作り,その上に六角形の東屋である香遠亭を建てたが,”香りが遠くまで広がる。意味が込められている。 2009年からは乾清宮と泰元殿が一般に公開されている。 乾清宮は,明成皇后が日本人によって殺害された民族的悲運のこもった建物だ。

景福宮には朝鮮王室の文化と歴史を一つの空間に含む国立古宮甲物館と韓国人の生活文化を体験できる国立民俗博物館があり,景福宮を訪れる観光客に有益な見どころを提供している。

住所:ソウル市鍾路区サジクロ161|大衆交通:地下鉄3号線・景福宮駅5番出口、5号線光化門駅2番出口|ホームページwww.royalpalace.go.kr