弘大通り

美術学徒の夢が込められている弘益大学の前は,早くからインディーバンド公演に熱狂した若者たちで,クラブ文化が起きた場所であり,カフェ通り,壁画通りに続き,ビーボーイの公演場まで立ち並んだ若者たちの日向だ

弘益大学の前はアンダーグラウンドバンドの聖地だった。 これをめぐり人々は”インディバンド”のメッカ,”青春の解放区”と呼んだ。 人々はなぜ,これほど弘益大学の前に熱狂するのだろうか。 多分,弘益(ホンイク)大学の前を埋め尽くしている夢と情熱のためではないだろうか。

弘益大学は美術大学が有名で,弘益大学の周辺に多くの大学が集まっていたため,若者たちが集まりやすかった。 1980年代には上水洞と西橋洞周辺の賃貸料が他の所に比べて安価たために貧しい芸術家たちが巣を作ることも良かった。 1990年代末からはライブ音楽を主導させるインディーバンドクラブが生まれながら、もう一度注目を受けた。

ドラマ「コーヒープリンス>撮影後にさらに増えた。 カフェに押され,クラブは静かに裏町に移動したり,駐車場のあった所は”駐車場通り”に変わり,商店が雨後の竹の子のように現れた。 ‘歩きたい通り’、’ピカソ通り’,’タボクキル’など多彩な文化が楽しめる道も生まれた。